8月12日から末日までドイツ北部を中心に研究旅をしていたので、久々に徒然記を残しておく。よくトランク生活をしているが、実はこういった研究旅は2024年のオークランド以来である。当時はまだ博士課程での成果と才能に対して半信半疑で、万事おっかなびっくりで動いていた。短いキャリアを振り返ってみると、こういった研究旅は数年単位のスパンでチャンスを作ってくれており、ハイライトとなる瞬間もたくさん生まれる。避暑を兼ねていたのは公然の秘密。
過去編: [AAMAS-24@ニュージーランド・オークランド+寄り道の備忘録] [AAAI-23@アメリカ・ワシントンDC+寄り道の備忘録] [パリ研究留学記 (2022年)]
最初の目的地はドイツ・ブレーマーハーフェン。準備段階では町の名前が覚えられず、何回もブレーメン隣の港町と言い直していた。今回は学生3人を連れて行っていて、羽田から全員で一緒に移動していた。一人で学会参加していた時期が多かったから、徐々にチームができている実感が湧いて嬉しい。上の人たちは自分がヒヨッコだった頃からの遷移を見ているので、また違った不思議な感覚をもっているのでしょう。
(ブレーマーハーフェンの夕暮れ)
ブレーマーハーフェンでは組合せ探索を専門とする国際会議SoCSに参加した。SoCSはコミュニティベースの小さい会議で、参加者は50人に満たない。3日のシングルトラックで構成されており、全員の顔が見えて、ほぼすべての論文に関連点を見いだすことを考えると、参加していて一番楽しいタイプの会議である。今回は会議自体がKOの招待講演で始まり、セッションチェアを勤めて、論文2報を発表し、うち1本はBest Student Paper Awardをもらって、それは大変充実した内容であった。会場ホテルの昼食や、コーヒーブレイクで出てくるお菓子も美味く、全方位で満喫したと言って差し支えない。夜ご飯は久しぶりに会った JM がドイツ語も分かるのでよしなに手配してくれた。ただただ感謝である。名前をなかなか覚えられなかった町は船乗りの祭りを毎年夏にやっているらしく、終始陽気な雰囲気で包まれていた。ホテルのエレベータから海賊コスプレが出てきたときは少しびっくりしたけれど。
(港でやっていたお祭りの屋台)
そんなこんなで大いに楽しんだSoCS終了後、Councilのメンバーたちから日本で開催しないかとしきりに誘いを受けた。まあ、頑張れってことだ、分かってるさ…
(SoCS-26 での Master Talk)
続いてブレーメンに移動してIJCAIという人工知能系の国際会議に参加。こちらでは共著が1本採択されている。参加は2023年以来である。
童話で有名な街ではあるが、実は観光スポットがたいしてあるわけではなく、1時間もあれば観光には事足りる。とはいえドイツのレストランで食べる肉料理はどこに行っても信頼できるもので、異常にボリュームがある点を除いて食事は堪能した。 IJCAIの会議自体はSoCSと比較するとのっぺりしたもので、やや物足りなく感じる。AAAIも該当するが、規模が大きい採択率の低い会議ではよくあることだ。業績的にはIJCAIに通した方が良いのだが、SoCSのようなコミュニティベースの会議の方が参加していて楽しいのはジレンマである。それでも派手な会議でしか遭遇しない行事も多く、Early Career Spotlightで知り合いが発表していて、Receptionは博物館で、バンケットはスタジアムで開催されたりなど、お祭り気分はちゃんと味わった。こういう会議にも慣れたものだから、聴講もそこそこにして、ホテルで作業している時間も多かった。実に8日間にわたる連日の学会参加で疲労困憊でもあった。もうお腹いっぱいである。
(ブレーメンの聖ペトリ大聖堂)
ブレーメンで学生たちと別れ、そこからは一人旅の始まり。電車でベルリンへと向かう。共同研究者がいるベルリン工科大学に立ち寄った。ホストがぎっしり予定を組んでくれたおかげで朝から夜まで休みなく研究話を展開することに。昔メルボルンのモナシュ大でも同じ目に会ったな…
(シュバイネハクセ)
初っ端1時間の講演をさせてもらったのだが、せっかくロボット系のラボに来たのだからと、もらった時間をすべて使って npj Robotics論文 の話をしてみた。論文1本で1時間喋るのは初めてだったが、それに見合う質と量をもつ論文である。昔からそういうワークを手元にもつことに憧れていて、ケンブリッジ時代の目標の一つであったから、憧れを回収できたのは良かった。講演後、拍手ではなくみんな机をゴンゴン叩き始めるものだから一瞬面食らってしまった。ドイツのアカデミックな講演に特有の文化らしい。
(アイスバイン)
その後、いくつもの密なミーティングを終えて、ケンブリッジで面倒を見ていたメンティーの博論審査に参加させてもらった。発表30分ディフェンス60分の構成で、無事審査を通過して、お祝いと今後の話をしてきた。門出のタイミングに立ち会えるのは光栄なことである。今後のささやかな幸運を祈って、また強固な応援を添えて。
(シュヴァイネブラーテン)
旅程の空き時間では査読をしたり講演準備であったり、日本メンバーとの打合せで埋まっていたのだが、せっかくだからと日曜にはベルリンからポツダムまで足を伸ばして、サン・シーロ宮殿の観光をした。巨大な庭園にコンパクトな建物が並び、思っていたより随分静かで綺麗で楽しくて、もってきたカメラをパシャパシャしていた。長場なので息抜きは大事である、と正当化しておく。休日は必要である。
(シュニッツェル)
ベルリンの後はケンブリッジに赴いた。言わずもがな、3年近く住んでいた街であり、今も密に連携している場所である。ベルリンまでは旅の風情があったが、イギリスのスタンステッド空港に着くとふらっと帰ってきたような感覚が強く、日常の延長線上のよう時間を過ごすことになった。ケンブリッジを第二の故郷と言うのは烏滸がましいけれど、海外にホッとする心許せる拠点があるのは事実であり、これまで頑張ってきたご褒美である。でも食事はドイツの方が美味しいです。
(イギリスの魚)
滞在期間中は共同研究者たちととにかく情報の同期をした。メンバーも少しずつ入れ替わっているのでまったく同じわけではないけれど、がむしゃらだった頃が戻ってきたようで嬉しかった。PIのAPとは関係が斜めからもう少し平らよりになっていて、もっと年月が経てばどんな感じになるのか少し楽しみである。今後も頻繁にケンブリッジには赴く予定だ。
(ケム川、通勤路だった橋から)
という感じで帰路について、この文章は空港の待ち時間やフライト中に書いた。 コロナ下の博士課程時代 を経て、 ケンブリッジ・ポスドク時代 を終えて、若手PI的な立場に変わって、学会に人を連れて行くようになり、界隈では名が知られていて、場違いな場所に呼ばれるようにもなって、それでもチャレンジャー的な立場は変わらず、今が一番楽しい状態を更新し続けられていて、それはとても幸運なことなのだ。